走ることについておもうこと

よく似たタイトルの「走ることについて語るときに僕の語ること」
という本を村上春樹さんが書いていて(この本はとても面白く読みました)
走ることについて村上さんの熱心さの半分もというか1/10程度も
持ち合わせていない僕が偉そうに書くのはかなり恥ずかしいことですが。。。。。。
この前の日曜日に宮崎でマラソンを走りながら
改めて考えたことがありまして。。。。。
忘れないうちに書いておこうかなあと(まさに備忘録ですねぇ。このブログ)

前にも書いたような気がするのですが、
走ることについて正直な気持ちを言うと
楽しいと思ったことなんて全然ないし、
さらに練習は苦痛以外の何者でもなかったりして(よくさぼります)

ただ走っていて考えるのは、マラソンって自分の力を知った上で(感じながらかも)
取り組むスポーツだなあということで(人と比較して速い遅いじゃなくて)
キロ何分のペースで走った場合は何キロまで走ることができるとか、
このぐらいの距離ならもう少しペースをあげても大丈夫だとか、
いつも自分の力と相談しながら進めるものだったりします。
自分の力を知らない人は明らかにオーバーペースになるか逆に
楽をし過ぎて終わるか、どちらにせよ最終的には後悔することになります。

世の中には常に自分を大きく見せよう見せようとしている人が
うんざりするほど沢山いて、いつも大きな声でアピールを繰り返していますが、
(そういう人には、なるべく関わらないように日々避けて過ごしております)
その点マラソンはどんなに偉そうにしていてもしていなくても
その人の実力が確実に数字に出るのでとてもわかりやすいのです。

僕はどうかというとキロ5分でさえ(時速にすると12キロです)
30キロしか走れないというのが正しい実力だったりして
明確に数字をつきつけられると遅いなあと実感するのみで、
それは隠しようも威張りようもなく。
まして誰かよりも自分を大きくみせようなんてことは
おこがましくてとてもできなかったりします。

そういうわかりやすさっていいなあと。

それが唯一マラソンを続けている理由だったりする気がします。